アドベンチャー・キャンプ
                                                  ボブ・マッケミ−、訳:村松識

 アドベンチャー・キャンプは少人数のグループで登山、野宿、オリエンテーリング、川くだり、ロッククライミングなどの様々なアウトドア−での活動をするキャンプです。それらを通して、キャンパーをキリストに導くとともに、クリスチャンの成長を助け、訓練することがアドベンチャー・キャンプの目的です。

アドベンチャー・キャンプの特徴
 アドベンチャー・キャンプの特徴は、それが体験的であるということです。今日私たちの生活はたいへん便利になりました。ハイテク機器の普及によっていろいろな情報を手に入れ、またそれらを駆使することが可能になりました。しかし、その経験は体験に基づくものではありません。情報によって得られたものがあまりにも多いのです。

 豊かさのなかで、何かが失われているといわれています。真に必要なこと、そこは私たちの主、神と神のみこころを知ることです。ノンクリスチャンはもちろん、クリスチャンもこの世の生き方に流されやすい、弱いものです。しかし、聖書のメッセージは私たちの生き方を変えます。アドベンチャー・キャンプはそのことを体験の中で学ぶことができるのです。聖書の中では、アブラハム、モーセとイスラエルの民、ダビデなど荒野で訓練を受けた人の例をあげることができます。彼らが体験を通して学んだことは神への信頼と服従、そして、信頼と服従からくる平安でした。また、イエスもしばしば寂しいところに行って祈られました。そして、何にもさまたげられずに神を求めることによって、力をいただいていました。私たちにとってアウトドア−での体験は、そのような成長を与えられるチャンスなのです。

 アドベンチャー・キャンプでは、体験を通して様々なことを学ぶことができますが、7つの点について実際にキャンプで体験したことを通して記してみたいと思います。

1.神と神の創造、支配についての理解

 アウトドア−での体験は、「はじめに神が天と地を創造した。」という創造の始まりから人の創造にいたるまでの神の創造のみわざ、また「生めよ増えよ地を満たせ。地を従えよ。・・・生き物を支配せよ。」という神の原則を知ることの大きな助けになります。また、そのことが実際の私たちにとって、どのような関連があるのかということを理解する助けになります。誰も訪れることのないような山のなかにひっそりと咲く草花、何十年、何百年という歳月を経て造られた原生林、都会ではなくなってしまった夜空の星、それらに触れるとき、それらを造られたお方、それらを治めておられるお方について、聖書の語っていることを感じられずにはいられないものです。
 創造者をしることは私たちの根本的な問い、この世界の起源、私はどこから来てどこへ行くのかという問い、何のために私が存在しているのかという目的について明確な答えを与えます。ある観信者のキャンパーは、キャンプのあとで自然を通して、今までは進化論的にこの世のありかたについて考えていたが、キャンプ中に見たことを通して、創造者によってこの世界が創造されたということを信じるようになったことを証ししました。


2.  自然を通して霊的真理の理解

 イエス様は、自然を通して多くのたとえを使って霊的真理を語りました。私たちも、自然を通して多くの霊的真理を学び取ることができます。「空の鳥をみなさい。・・・野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。・・・だから神の国と神の義をまず第一に求めなさい。」このことも、実際に野の花を見るとき、鳥が餌をとっているところを見るとき、野生動物の行動を見るときに、確かに体験としてわかるのです。また、大木にまきついた蔦から、はじめは目立たない蔦であってもやがて樹を締め付け、枯らしてしまう。私たちの罪も小さなものであっても、放っておくとやがて死にいたるものであることを説明することもできるのです。
 あるキャンパーは、土を見て、いろいろな植物や動物の死骸が、また新しい命のもとになることから、十字架の死によってイエス様が新しい命を与えて下さったことを理解する助けになったと証ししています。

3.自分自身についての理解
 毎日毎日の忙しい生活におわれて、私たちの生活は「考える」ということを忘れがちです。しかし、ゆっくり「考える」ということは、非常に大切なことです。アウトドア−には電話がありません。家にいればついつけてしまうテレビもありません。「考える」時間があるのです。日常から離れてみることは、自分について、自分と神について客観的に見つめなおす助けになるのです。
 またグループでの行動を通しても自分について知ることができます。キャンプの期間はグループで協力しなくては何もできません。そして、それは投げ出すことができません。そのような中で、自分の弱さや罪を示されたり、自分の隠れた賜物を発見できたりするのです。そして、寝食をともにした仲間とのディスカッションは本当に心を開いて話し合うことができます。

4.困難に耐える信仰

 アドベンチャー・キャンプのプログラムは誰でも参加できるものですが、体力的に、精神的に困難と思えることがあります。重い荷物を背負って何時間歩いたり、道に迷ったり、雨風に打たれたりします。そのことは、普段味わっていることとは違った困難ですが、その時に何により頼んでいるのかが問われます。そして、神により頼んでいるのかが問われます。そして、神により頼む信仰を、一緒に行動しているクリスチャンの姿勢から、また聖書から教えられたり、確信させたれたりするのです。
 あるキャンプでは道のないところを地図と磁石を頼りに歩いていました。しかし確認をきちんとしないで自分の思い込みで歩き続けました。その結果、目的地と反対側の尾根に入り込んでしまいました。「私にとって、聖書こそが道を示す地図、聖霊がその道を教える磁石だ。自分の歩みがそれらに頼らないで自分に頼んでいた。」そのことに気づかされた青年のキャンパーの一人は、それからディボーションの生活を忠実に守り、職業、結婚などの人生の変わり目において聖書とその理解を助ける聖霊により頼んでいったときに、素晴らしい歩みを主が導いてくださったと証ししています。

5.キリストにある愛の交わり
 アドベンチャー・キャンプは小さなグループで行動します。初めての経験を一緒に行動するなかで、お互いの長所も短所もわかってきます。そこであらわされるのは、キリストにある愛の交わりです。「愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神からでているのです。愛のあるものはみな神から生まれ、神を知っています。」Tヨハネ4:7
 あるキャンプで、女性のキャンパーが、どうしてもみんなのペースに合わせられずに遅れてしまいました。なんとか自分で頑張ってついていこうとしましたが遅れるばかりでした。体力に余裕のあるキャンパーが重い荷物を代わりに担ぐことを申し出たとき、彼女は素直に受け入れることができませんでした。最後まで自分ひとりでやり遂げたかったのです。その時、キャンパーの一人がひとつの詩を思い起こして語りました。「兄弟よ。私をあなたの僕にさせてください。キリストがあなたの僕になって仕えたように。どうか主よ。私に恵を与えてください。私も兄弟の奉仕を喜んで受け入れることができるように。」
彼女はこの詩を聞いて、自分ひとりで頑張る必要がなく、ともに重荷を分かち合っていくことの大切さを知りました。そして、本当に「私たち」のなかに働くキリストにある愛の交わりの素晴らしさを知ったと証ししています。

6.リーダーシップの訓練
 私たちの生活の中では、リーダーシップの訓練はほとんどなされていません。若い世代においては特にすべてにおいて、整えられた環境の中に置かれ、受身の生き方が多く見られます。アウトドア−では、普段はしない様々な新しいことを経験します。食べることにしても、寝ることにしても、小さな決断をたくさん求めることは、何でも他人まかせの生き方から、自分で決断し、リーダーシップをとる良い訓練になります。
 あるキャンプでは、目的地についてあまりの疲れのために、リーダーもキャンパーと一緒になって座り込んでしまいました。リーダーがリーダーであることを忘れてしまったのです。他のグループのリーダーから声をかけられて、我に返ったそのリーダーは、その時、最後まで責任を持ってリーダーシップをとることを教えられました。
 また、神は私たちに主の僕として、弟子をつくり、養成することを求められています。(Uテモテ2:2)主体的に考え、行動する訓練、主の僕として仕える訓練は、新しいリーダーの訓練のために有益です。アドベンチャー・キャンプで訓練されたリーダーがいろいろなところで用いられていることがそのことを物語っています。

7.神を讃めたたえる
 アウトドア−の体験を通して、私たちはそこで見たもの、聞いたもの、触れてみたものなどを通して私たちが感じたことから、またグループで体験したこと、聖書から知ったことから、今も働いておられる神を讃えることができます。そして、私たちの主である神に栄光を帰すことができるのです。
 次の詩はボブ・マッケミ−がキャンプでうたった主への賛歌です。アドベンチャー・キャンプがさらに、主と主のからだである教会に用いられることを願っています。

わが神はなんと偉大ですばらしいのでしょう。
全ての命の造り主、またそれを守られるお方。
高嶺に主の力があらわされ、
そのいつくしみは小さな小さな花にまでも。

霧が私を取り囲むよりも、主の愛は私を包んでくださり、
山々に振る雨粒よりその哀れみは大きいのです。
主は私をつらい道に連れだし、その愛をしめし、
そのなかで祈る私に、やすらぎと平安を与えてくださいました。
霧の中で道が見えなくても、
私は主の愛を喜び歌います。
明日の陽見えなくても、
導いてくださるあなたの御手をほめたたえます。
ああ、主を讃めたたえることは、なんと素晴らしいことでしょう。

主は讃めたたえるのにふさわしいお方だから。
ああ、主に信頼して歩むのはなんと幸いなことでしょう。

主は信頼するに値するお方だから。
わが魂よ。主を讃えよ。ハレルヤ。


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