キャンプにおける教育の重要性
                         キャンプ・シャミノーで働いて 〜環境と人〜

                                    国分寺バプテスト教会牧師 米内宏明


1.環境
 米国のキャンプにおける自然環境などについて述べるよりも、むしろ、その環境の中でどんなことに取り組んでいるかのほうが大切なので、シャミノー・キャンプでの様子を紹介しながら、キャンプという独特な環境での教育効果について簡単にお話します。
 ここでは、小学生からファミリーまでのキャンプはもちろんのこと、年間・春夏秋冬を通じて多くのキャンプやリトリートが提供されています。たとえば「父と息子」「母と娘」などのキャンプは信仰継承、親子の対話などがテーマとなり、雄大な自然の中で楽しく、あるときはアドベンチャー的に過ごし、親子の関係でしっかり信仰をとらえていこうとするものです。「大草原の小さな家」の舞台となったミネソタらしいものでした。他に「ホームスクール(子供たちを公立の学校には送らず、各家庭や有志のグループで聖書に基づいた教育を行なう)」のキャンプなど、今回紹介しきれないほどのプログラムがあります。参加者(キャンパー)は一年間にいくつかのキャンプやリトリートを選択して参加します。このように全世代、(生活の)全領域、全人格的な教育がキャンプという環境の中で行なわれている良い例です。

2.人
 責任者(ディレクター、ライフガード、食堂などの専門職)を除いては、大学生、神学生、高校生がスタッフとして働きます。このスタッフも有給ですので自分の責任を負い、処罰の対象にもなります。ですから、キャンプ前に2週間ほどのトレーニングを受けて、それからスタッフとして採用されるかどうかが決まります。トレーニングの内容は、自己認識、他者とのコミュニケーションから救い、伝道にまで及びます。しかし、決して管理的な雰囲気はなく、むしろキャンプの現場では彼らの自発性に任されているところが多く、自信を持ってキャンパーと接しています。もちろん失敗や不安なこと、問題が起こったときはその上のスタッフや責任者と相談するシステムがあります。
 働きにおいてはスタッフは子ども扱いをされず、自己責任と自主性が重んじられます。スタッフとして育つことはクリスチャンとして育つことだと認識されています。

3.日本での課題
 日本でのキャンプの特徴は、「日常生活からの分離」と『日常生活への派遣」でしょうか。これはもちろん、教会的なテーマでもあります。
 キャンプが日常と分離しすぎると(聖と俗、天上と下界というように)、日常とのつながりが持てず、特殊な環境を作り出して自己満足してしまいます。逆に日常と同じだと、派遣されるということが抜け落ちてしまいクリスチャンキャンプに行く意味がありません。この分離と派遣のバランスを、キャンプという環境の中でもう一度根本から据え治す作業を教会はしなければなりません。


    (1997年4月 CMNのニュースレターNo.3に掲載されたものです。)
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